掌がうすらぐ白昼へ、ゆく。

身体が好きなのですが、生の人間と触れあうのは怖いインポ野郎なので、言葉でもって色んなものを撫でています。

水子とマジックミラー

 売春という肉体関係の一つのあり方に、私は強く魅惑されてきた。折に触れて、川端康成の文学と、写真芸術とを享楽の対象にしてきたのも、この嗜好と深く結びついている。不能であること、そうありながら他者に触れること。
 澁澤龍彦が、娼婦について興味深いことを書いている。


 ……この愛の女神たるウェヌスは、古代地中海世界ではイシュタールの異名をもって呼ばれていたが、おもしろいことにイシュタールという言葉には、「処女」という意味と「神聖な娼婦」という意味があったのだ。
 処女と娼婦、――一見したところ、この二つの概念は、まったく相矛盾し対立するかのごとくに見える。しかし古代においては、処女という言葉は、単に性的経験をもたぬ純潔な女性をさすばかりでなく、また男と交渉をもつこともできるけれども、とくに婚姻を忌避して、特定の男の従属物になることを拒否する女をさしていた、ということを知っておく必要があろう。そういうニュアンスのもとに眺めるとき、一見相矛盾するかのごとき「処女」と「娼婦」という二つの概念のあいだに、ある共通した要素のあることが見てとれる。つまり、いずれも妻たる自分に安住することを拒否し、子供を産むことを拒否するという点において、「処女」と「娼婦」はデメタール原型、「母」たる女と明確に対立しているのだ。特定の男に従属した女は、すでにエロス的原理を放棄した者である。

    (現代文学の発見 第九巻 性の追求  澁澤龍彦『解説 日本文学における「性の追求」』)


 無限の赦し、それこそが娼婦の存在論的な美である。
 ところで、川端康成の作品群には、娼婦的なヒロインを描いたものが数多く存在する。広く知られたものでは『雪国』や『伊豆の踊子』、『眠れる美女』などであろうか。それらはもとより、「住吉連作」と呼ばれる一連の短編作品のうちでも『しぐれ』、『掌の小説』収録作『指輪』に、私は最も崇高な娼婦のすがたを見出す。前者では、双子でまるでどちらがどちらと見分けのつかぬ芸者が、後者では遊女の娘と一目でわかるような妖しさを纏った少女が描かれているのであるが、私が惹かれるのは、彼女らが全く精神性を欠落して描かれている点である。
 双子の娼婦は、主人公の男の眼にはまるで見分けがつかず、それがゆえに男は親友と四人で淫蕩に耽り、「官能の刺激ばかりでなしに精神の麻痺」を味わう。「精神の麻痺」は、彼女らが他でもなく〈双子の娼婦〉という独特の存在であることによって生まれている。双子とは、肉体の相似である。そして娼婦とは、精神よりもまず肉体を存在の根拠としている、なぜなら普通に考えれば、彼女は肉体を欲求されることで存在しているからだ。肉体なしで存在しないもの、それが娼婦だ。
 肉体として存在している二人が、全く同じ姿形をしている……ここには二重の人間否定がありはしないか。娼婦という肉体へ還元された者として全く同じ形態の肉体を二つ並べるなら、どういう事態が起こるか。主体の完全なる消滅である。他の誰でもない〈私〉が溶け去り、肉のみが残る。
 本作の終結部には、親友の男が死んだことを主人公が二人に告げる場面がある。片方の女が涙を残すのを見て主人公は、親友が余計に遊んだほうの女だったのか、と考えるが、二人の見分けがつかないので分からない。涙さえ人格を離れ、ただきらめきばかりを放って虚空へ落ちる。この「精神の麻痺」こそが、娼婦の与える愉悦であろう。
 川端とは斯様な戦慄を描いた小説家であった。とはいえ、やはり彼が処女に対して深く傾倒していたことを見落とすわけにはいかない。三島由紀夫が『永遠の旅人―川端康成の人と作品』において「処女にとどまる限り永遠に不可触であるが、犯されたときはすでに処女ではない、といふ処女独特のメカニズムに対する興味」と的確に指摘したように、川端の美意識はしばしば処女を崇める性質をもつ。だが、このことと、彼が処女のみならず娼婦もまた不気味なまでの類まれなる輝きをもって描いたこととは、澁澤の言葉を思い出してみれば、二つで一つのことである。
『指輪』ではまさしく、川端の処女と娼婦への崇拝が重なる。とある温泉宿に宿泊して翻訳仕事に精を出していた学生の男が、気晴らしに混浴の宿に入る。ひとり、湯に浸かっていると、後から訪れる少女。男はその姿を一瞥して、近くにある遊里の女の娘だろうということを、幾代に渡って男を惑わしてきた美しい血の早い開花のように彼女のまだ幼い裸体を眺めて察する。指輪を濡らしてしまったと叫ぶ彼女の声に惹かれ、男はその小さな指に目をやりながら、子どもの自慢したさの演技にまんまと乗せられたことにいら立ちを覚えるも、それもまた大人気のないことだと自嘲して、指輪を見せてくれと声をかける。いよいよ自慢げに少女は指輪を見せつけるのだが、もっと見てほしいのか肌の触れそうなほど身体を寄せてくる。その純真さに男は、このまま抱き寄せても何の疑いもなく指輪を見せつけて喜んでいそうだと思い巡る。
 この一篇から、私は三島による川端のエロティシズムへの分析が、処女のみならず娼婦にも敷衍可能ではないかと思う。処女の純潔は、娼婦の汚濁である。誰にも触れられないことと、誰にも触れられることは、おなじ永遠である。誰にも触れられないということは、誰にも触れられるということであり、その逆もまた然りだ。この作品において川端は処女に、「血脈」というかたちで娼婦性を匂わせている。これまでとこれからの、無数の男の手を想わせる。
 娼婦の肌を撫でながら、今夜何人の音尾に抱かれたか、と思いを馳せる悦びというのが存在する。私は、私から解放される。彼女の前でだらしなく項垂れる男の群れに溶け消えてゆく。
 さて、その撫でられる肌とは、赤く沈むように腫れた肌だった。私の持病(というほど大したものではないが)は、大きく言うと、喘息とアトピー性皮膚炎である。呼吸すらままならなくなる時、まるで自分の身体が自分のものでなくなったように肌が疼く時、私は「この身体を強いられている」という感覚を享受せずにはいられなかった。私のこの身体は、まずそれ自体がそもそも、不能なのだと。
 柄谷行人は、『雪国』をこのように見切った。


 主人公にとって、トンネルの向こうは別世界である。……彼が温泉の芸者たちとの愛の関係に苦悩したとしても、彼はそこで傷つくことはない。傷ついた女たちを冷徹にながめる主人公の自意識は揺るぎもしない。なぜなら、別の(他の)世界であるにもかかわらず、彼はなんら「他者」に出会っていないからである。しかも川端がそのことをはっきりと自覚していることは、頻繁に用いられる「鏡」のイメージからも明らかである。つまり、主人公にとって、女たちは鏡に映った像においてあるだけなのだ。女たちが現実にどうであろうと、彼は鏡に、いいかえれば自己意識に映った像以外になんらの関心ももたない。

     (柄谷行人『歴史と他者 ――武田泰淳』)


 私はこの川端理解に完全に肯く。これと全く等しいかたちで川端を捉え、そしてその文学を柄谷が厳しく批判するのとは異なって私は深く愛さざるをえない。
 川端は他者と出会わなかった、なぜなら娼婦とは他者ではないから。さらに注意すべきは、この「鏡」に映るのは川端自身ではない。彼はそこに自分を映す欲望は抱かなかった。そもそも、他者のないところに自己が存在しうるはずがなかった。その意味で、自我意識の病からこれほど無縁でいられた小説家は稀であるほどだ。
 果たして川端は、世界をこそ「鏡」へ映し続けたのだった。自己から逃れるように他者へ溺れ、他者のうちに自己を見出さぬために、「鏡」を手にしたのだ。
 鏡に映る娼婦――不能者にも崇めることの赦された美神。
 万人は、いかなる神の前にも、跪けるわけではない。信じられる神、信じられない神は、各人の身体に規定されている。不老不死のロボットに釈迦の説法は救済か? 我々は我々の身体を超越した存在に神を見るのであって、そもそも身体を共有していない神になぞ救われようがないのである。


 ……鏡の奥が真白に光っているのは雪である。その雪のなかに女の真赤な頬が浮んでいる。なんともいえぬ清潔な美しさであった。
 もう日が昇るのか、鏡の雪は冷たく燃えるような輝きを増して来た。それにつれて雪に浮ぶ女の髪もあざやかな紫光りの黒を強めた。

    (川端康成『雪国』)


           〇


 はじめて交わりをもった女性と、終わりまで曖昧なままだった関係が曖昧に始まった頃のある日、花屋に付いてきてほしいと頼まれた。夜遅くまで開いている店があるが家から遠く、雨も降っているから、と彼女は言うが、当時の幼い私には車も何もない。それでも付いて来てほしいと理由もはっきり明かさずに強いる不思議な態度に流され、また女が花を買う姿への妙な興味も手伝って、私は電話越しに肯いた。
 深夜近く、花屋は閉店前でほとんど明かりを落としていた。橙色のライトはうすく、ガラス壁のむこうに狭々しく並ぶ花の折り重なる花弁が、やわらかく陰る。静かな雨が音もなくガラスを流れてゆく。レジ台で器に花を盛る女と、その傍らで俯いている彼女の、白い顔。剪定され、縛られ、いよいよ生命を澄ませている花を、見ているようでも、見ていないようでもある。俯く、その細い首の傾きに、頭のぽとりと降り落ちそうな危うさがある。黒髪が、やや青かった。
 やがて透明の袋に包んでもらった花を胸に抱いて、彼女はでてきた。店の女が、中からその背中をちらと視て、視線を据えかけてから、ふっと虚空へ抛った。

 ――大きすぎたみたいやわ。
 ――作ってもらいながら、気づいてたけど、途中でやめてって言い出すんも悪いから。

 どこか騒いだ軽やかな声で、彼女は言った。花を見ないようにしているのか、表情の欠け落ちた顔がどこか傷ましい鋭さをもって真っ直ぐこちらを向いている。色とりどりの花弁が、白い腕の中で、明るんだまま凍りついたように、押し黙っている。
 明日でちょうど一年前になる日に堕胎した水子へ、供える花だと言った。当時の恋人と、子を産まないと話し合って決めたショッピングモールの駐車場で、二人で線香をあげるらしい。「二人で会うけど、別になんもないから、妬かんといてや」と彼女が笑った時、私もひどく笑った。自分の笑い声が、鋭いほど高く聞こえた、そんな覚えがある。
 明日、なにを話すのだろう、と思った。子を作ったこともない私には、想像のつかないことだった。
 花のラッピング紙に散る雨滴を、小さな白い手がそっと払った。


           〇


 忘れがたい光景がある。幾年か前、青春十八切符を利用して、学校の新年度の始業前日に普通列車に乗り込んだ。車窓に面したボックス席に座り、缶ビールを飲む。しだいに酔いがまわり、車体の揺れと春の陽が心地よく、私はいつのまにか寝入っていた。
 ふと目を覚ますと、いつのまにか景色は変貌していて、電車は桜の花の群れにトンネルのように包まれて走っているのだった。線路の両側に桜花は狂い咲いて、その鮮やかな色彩のなかを高速に通過していく。夢とも現ともつかぬような、正体のないからだを座席に沈めるようにして、流れてゆく花々を眺めやった。
 すぐの駅で降りてみると、無人駅舎を出てすぐ村内観光図と記された小さな看板があった。指で埃や錆を払って調べる。駅の傍らには小川が流れ、急こう配の土手があり、それを挟んで向かい側にはゆるやかな丘が小高く盛り上がっている。その青々しい丘を包むように頂からも桜が咲き並んでいるのが、看板のイラストでも目視でも確認できる。川に沿って北へ進むと寺院がある。水子供養と子宝祈祷の霊験があるとされているようだ。
 かつてあった、あるいはあったはずの生命を供養することと、いまだ見ぬ生命の来訪を祈ることとが、一つの寺院において営まれるなど可能なのだろうか、と私は疑った。仏教はおろか宗教全般にも加持祈祷にもなんら知識をもたない私には、その二つの想いは相反するものと、単純には見えた。相反する、ということはどこかで繋がっているともいえるのだろうか、などと眠気と酩酊の残る頭でぼんやり考えながら、とにかく辺りを散策して、体力次第ではその寺院にも行ってみようと歩き出した。
 線路下を横断する背丈よりも低いトンネルをくぐって、駅の向かい側の桜並木に沿って北へ進んだ。というのも、こちら側の丘では花見客がぽつぽつと、それぞれ敷物の上に腰をおろして寛いでいた。多すぎず少なすぎずの人たちの和やかな姿が、やわらかい光と桜の花の色めきのうららかな風景に溶け込んでなんとも好ましく、私は彼らをも自然のように感じて魅入られながら歩くのだった。ぼうっとした意識をいいことに、こちらから一方的に彼らを見て、彼らから見返すことを忘れられていた。また、かように美しい陽だまりのなかに居て誰がわざわざ私を見るのか、といささか虚しいような自由を愉しんでもいた。
 一組の男女が目についた。レジャーシートを敷かず、そのまま地面に腰をおろし、男が、女へ向けて、小さなカメラを構えていた。女は長い髪を振り乱し、一見激しく笑っているかに見えたが、顔貌に、涙ぐましい歪みが浮かんでいた。涙を拭う仕草もした。細い手を目元にやり、恥じらうように、レンズの前へ手をやる。しかし、唇は笑みに裂けているのだった。笑い泣きには見えなかった。男のほうにも、同じ面付きがあった。なにとは分からない、動きばかりが騒いで、心がない。感情を押し殺しているというよりも、切れ切れになった笑みや涙やがそのまま弾けているようにも見え、おそろしい。
 凄絶な印象を受けながら、それでも私は足をとめず、淡々と歩き続けたのだった。頭にふと水子供養と子宝祈祷という二つの言葉が浮かんだからだ。いや、水子という言葉だけが、さきに浮かんだ。子宝祈祷については、その連想に過ぎなかったのではないか。見てはいけない、と戒めが胸の内に強く起こった。足をはやめてもいけない、その足取りに、彼らに向ける背に、あわれみが滲む。自らはあわれみを受ける存在だと、彼らに突き付ける。
 視界から二人が完全に消えてから、無音だった、と気が付いた。笑い声も泣き声も聞いていない。そう思ってはじめて、小さく泣き声が耳に届いた。私の作り出した幻聴だったかもしれない。振り返って確かめるわけにもいかない。その声は、辺りの和やかな声のまとまりを破らない、清潔に静かな、しかしどこまでも細く張っていくような、かなしい粘りのある声だった。
 私は、散策をやめて、電車に乗った。歩みを止めたかったのだ。そして、できるだけゆっくり、二人について考えたかった。
 なぜ彼らは泣いていたのか? そもそも二人は泣いていたのか?


           〇


 写真という物への執着が、私にはある。表面に再現された現実。その前で私は、佇むことしか許されない。写されているのはなにものか、という想像力は常に脱臼する。なぜなら、写真には実際に存在した事物だけが、光と影だけが、横たわっているに過ぎないから(いくらテクノロジー環境の変化によって写真に加工性が付与されても、加工される素材であるところの現実が、写真にとって逃れがたい呪縛であり続ける)。
 素っ気なさ。この写真の生理にこそ、私は惹かれるのだと思う。まるで、あの泣き笑っていた二人のことを思い出すように、写真を見るのだ。二人について想像することは不可能だ。しかし二人の存在は頑なに揺るがしがたく突き付けられる。……真摯な想像が挫けた地点から、彼らがなぜ涙を流さなければならなかったか、ということを離れて、彼らの涙はどのような色をしていたか、ということを味わう。想像の限界点において、だらしなく、しょうがなく、味わうことを始めようと思う。おもいやることから味わうことへ。虚しい、それゆえに自由な、味わい。
 このような、やや大袈裟に言えば「世界への対峙の仕方」を、不誠実だと罵られるなら私はそれを甘んじて受け入れねばならない。写真――想像を撥ねつける事物を冷たく享楽すること――不能者の快楽主義――それはそのまま、私の実存の形態でもあった。
e.j.belloqによって撮影された売春婦たちの写真。疲れたような面差しがほのぼのと明るい彼女たち。まったく気が抜けてしまった光と影、飾り気の皆無、あるいは過度な飾り気のふざけた嘘っぽさ、それらの要素に匂う官能性。捨てた身のやさしさ。白い頽廃。
 ベロックは、彼女らを買ったことがあったか。彼の写真の不可解な妖しさは、女体を全く知らないとも、あるいは知り尽くしてはいたが娼婦しか知らないとも、感じられる。なんとも知れぬおそれが漲っているのだ。そのおそれが、写真を静かにしている。彼女らと一定の距離を保っている。レンズの前に立つ彼女らの眼差しも、シャッターを押す者を、慕いながら軽んじている。
 彼女らに憧れて、それゆえに怯えて、シャッターを押す指が慄いてはいなかったか。ベロックとはレンズを挟まないでは彼女らを見つめられぬ男ではなかったか。そして、写真家とはそのようにしか世界へ対峙できぬ者ではないだろうか。そうでなければ、なぜわざわざ世界を写し取り、額に嵌め、眺めたりしなければならないのだろう。写真の奥底には、世界を一方的に見つめたい、でなければ見つめられない、という欲望が横たわっている。
 そして、過剰に見るということは、触れられないということでもある。写真の上の肌を撫でても、温もりが滲まぬように。この、触れられなさをこそ、私は「不能性」と名指した。そしてそのような身体にとっての神について、考えてきたのだった。すなわち「娼婦」を。たった、それだけを。


           〇


 見学店へ初めて訪れた時に、私は酔った眼を必死に凝らしながら、ベロックの写真だ、と胸の内で叫んだ。
 見学店、狭い個室に客が入り、マジックミラーの向こうで様々な姿態を展開する女を眺めるという、奇妙な売春形態。もちろん、マジックミラーだから、こちらから相手を見ることはできるが相手からこちらは見えない。私は見返されることのない寂しい安堵のうちで、一方的に見ている。
 二人の自慰者とは、売春という営みの、一つの極点ではないか? 売春者はその身体の姿形を貸し与え、無限に視線を受け止め、買春者は全くもって見返されないで、売春者への陶酔のうちに一身を沈める。ここには売春の悦びの全てが結晶している。
 ストーリーヴィルに見学店があれば、ベロックが写真機を持つことはなかっただろう。なぜなら端的にその理由がなかったからだ。もちろん、その作品が我々により高く深い美をもって迫ってくることは確かだが、とはいえそれはベロック自身には関係のないことだ。彼の切望はそのような美の成就ではなく、マジックミラーを挟んだ一方的な眼差しだったのだから、それが叶うなら写真機なぞは無用の長物だ。
 美が、自分の身体の先に広がる崇高であるのなら、私にしてみれば無限的に不能であることこそが美神の宿命でなければならない。娼婦がこれに合致する。そしてその美により深く酔おうとしても、決して近寄ってはいけない。ましてや触れるなど最大の禁忌である。一方的に眺めなければならぬ。この難問への解として、マジックミラーが、ベロックの写真が、川端の言葉が、存在している。
 川端の美学が、彼の境涯と無縁であったか否か、私は知らない。しかし、孤児であることの寂寞が、誰の肌にも馴染めぬ運命が、触れることへの絶望として視覚の過剰に至ったとてなんの不思議があろうか。
 私の身体を川端の美学が一筋の青光のように貫いたのは、はじめの女性に水子があると知ってから少しした時のことである。私は彼女と真昼の海にいた。へとへとに泳ぎ疲れ、ひとり先に海を出て売店の陰に休みながら、川端の雪国抄を読んでいた。それからふと海のほうへ目をやると、彼女もいくらか疲れた足取りで砂浜にあがり、こちらへ歩いてきていた。
 はじめての女性のはじめての子を私は知らない、という言葉が、浮かんだ。水子の存在が、なにか俄かに、はっきりしてくるのだった。お盆の海という、無数の死に浸された状況も手伝ったのかもしれない。しかし川端の言葉に触れていたのが大切な契機になっただろうと思う。彼女には水子がいる。私はそのようにして、川端の美学に心を通わせたのだった。水子とは、少なくとも私にとって、遂に決して触れ得ぬ彼女であった。そして、それこそ亡霊として纏わりついてくる、逃れがたい一個の、不能の痕跡であった。生れ出た子ならば、成長するうち私の子と思えたかもしれないし、殺しさえすれば他ならぬ私の手によってこの世から消失させることにもなる。
 しかし名もなき水子は、既に亡く、しかし漂い、そして私には触れ得ない。
 呪うようでいながら、それでいて私は、痴呆じみた愉悦のなかにある。
 水子の存在を享楽するように、私は川端を読み、写真を眺めている。


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